福岡高等裁判所 昭和53年(ネ)160号・昭53年(ネ)87号 判決
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【説明】
X1〜X5の被相続人Xは陸上自衛隊演習場で拾得された廃弾を買入れ、自宅作業場でAに解体させているとき、廃弾中に混在した不発弾が炸裂し、Aと共に死亡した。
そこでX1〜X5は、国に対し、自衛隊の廃弾及び不発弾の管理ないし処理の違法と演習場の管理の瑕疵を主張して損害賠償を請求した。
【判旨】
二本件事故の原因となつた本件不発弾の種別及びその入手経路につき判断する。
本件不発弾がかつて陸上自衛隊日出生台演習場に存在していたものであることは、第一審被告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、<証拠>を総合すると、本件不発弾は、自衛隊が右演習場で射撃演習に使用した一〇六ミリ無反動砲弾もしくは八九ミリロケツト砲弾のいずれかであり、これらは砲弾内の炸薬の表面がくぼんでいると目標に接した場合に爆発力が目標板に深く喰い込むというモンロー効果を応用して製作されたものであつて、一点に向つて集中的に爆発力を発揮することが要求される対戦車砲等に利用されるものであつたこと、フサエは、本件事故の前日である昭和四六年五月三日大平孝に自動車を運転させて大分県玖珠郡九重町中須部落に赴き、二か所で約三トンの廃弾の買い付けをしたが、そのなかには大部分原型をとどめたロケツト弾もしくは無反動砲弾二九発があつたこと、同月四日の本件事故の少し前にフサエ方作業場付近で小野勝が右自動車からフサエの前日買い付けにかかる廃弾の荷おろし作業に従事していたこと、本件不発弾炸裂の直前に右小野がやすりで金属をこするような音をさせていたことが認められ、右事実からすると、本件不発弾は、フサエが中須部落で買い付けた廃弾のなかに混在していたものと推認するのが相当であり、<証拠判断略>。
三そこで、右演習場における廃弾収集の実情について判断する。
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 右演習場は、大分県大分郡湯布院町、同県玖珠郡玖珠町、同郡九重町の一県二郡三町にまたがる起伏の多い高原地に若干の山林と耕地が点在するほか野草に覆われた日出生台と称される原野であつて、そのほとんどが国有地であつたところ、明治三三年旧軍の野砲隊が初めて射撃演習をし、明治四一年に日出生台演習場主管が設置されて正式に演習場として発足するに至つた。そのころ、旧軍は、右区域内にわずかに点在していた十余の部落の住民(総戸数約一〇〇戸)の私有地全部を買収し、その後買収や払い下げがなされたことにより若干の増減があつたものの、現在その全域が国有地であつて総面積五二八〇万平方メートルに及んでいる。日出生台及びその付近に居住していた住民は、従来、わずかな耕地を耕作するほか、国有地である原野に牛馬を放牧し、青草、カヤ、スス竹、熊笹、山菜を採取して営農するなど日出生の林野資源に深く依存する生活を送つていたが、日出生台が演習場となり、わずかな耕地も買収されると生活手段を奪われる結果になるため、私有地が買収される際、旧軍に対し演習に支障のないかぎり従前どおり日出生台に放牧したり、各種林野資源を採取し、耕地を耕作することができるよう求めたので、旧軍もこれを許可するとともに、野焼きも軍の指揮下で毎年行なわれることとなつた。同時に、右住民らは、演習場内に発生する廃弾を収集し、現金収入の道とするようになつた。そして、右廃弾収集は、旧軍が右演習場を使用していた約四〇年間も続けられ、旧軍は、これを黙認していた。
2 旧軍による演習場の使用は、昭和二〇年八月一五日の終戦とともに終り、昭和二一年六月からアメリカ軍及び連合国軍が右演習場を接収したが、平和条約発効後もいわゆる安保条約、行政協定に基づいてアメリカ軍が昭和三二年一〇月までこれを使用した。アメリカ軍は、右住民らが有していた旧軍時代からの慣行を一切認めない方針をとつたため、右住民らは、放牧こそできなかつたが、監視の目をくぐり演習の間隙をぬつて、耕地の耕作や林野資源の採取を継続するとともにアメリカ軍の演習によつて生じた廃弾の収集を行なつていた。
3 アメリカ軍が右演習場を使用中の昭和二八年一一月から当時の陸上保安隊も右演習場の使用を始め、自衛隊発足後に自衛隊も使用し、アメリカ軍撤退後は自衛隊単独で右演習場を使用するに至つたが、住民らの林野資源の採取、廃弾収集は、自衛隊単独使用後も継続的に行なわれていた。
4 自衛隊は、アメリカ軍と右演習場を共同使用していた昭和三一年一二月六日大分県及び関係町長との間で「日出生台演習場使用に関する覚書」を作成し、次いで自衛隊(西部方面総監)は、昭和三七年三月二七日地元側を代表する大分県知事、玖珠町長、九重町長及び湯布院町長との間で国有財産法一八条に基づく右演習場の使用に関し一二か条からなる「日出生台演習場使用等に関する協定」を締結し、同協定に基づき「日出生台演習場使用等に関する協定に伴う細部事項」が定められ、同細部事項は昭和三八年一月三一日改定されたが、本件事故当時その内容は次のとおりであつた。すなわち、右協定の目的は、右演習場の使用及び管理等に関する事項のうち特に自衛隊と地元との相互に関係する事項を定めるものであること、方面総監は 右演習場内の通行、農地及び宅地等の使用、採草、放牧その他について国有財産法一八条の趣旨の範囲内において従来の慣行を尊重し、地元の要望にこたえるものであること、自衛隊が実弾射撃演習を行なう場合には、演習場内において危険防止のため所要の事項を知事及び各町長に通報すること、方面総監、知事及び各町長は、危険予防について必要な措置を講ずるものとすること、方面総監は、射撃等立入禁止を必要とする演習を実施する場合は、不発弾その他危険物の早期処理と、処理不能のものについては標示につとめることを使用部隊長等に実施させること、知事及び各町長は、不発弾その他の危険物に近寄らないこと及び演習場内にある廃弾は自衛隊との契約により正規の権利を有するものでなければ収集してはならないことを関係住民に周知徹底し、その履行をはかることなどを骨子とするものであつた。
5 一方、西部方面隊は、同隊における廃弾の処理を適正かつ安全に行なうに必要な事項を定めるため「西部方面隊廃弾処理要領」を定め、これに基づき自衛隊湯布院駐とん地部隊分任契約担当官(以下契約担当官という。)は、右演習場付近住民によつて結成された日出生台廃弾処理組合との間に「廃弾払下契約」及びこれに付属する「廃弾処理作業遵守事項」(以下双方を合わせて本件契約等という。)を締結した。本件契約等の内容は、廃弾とは銃砲口を離れ地上に落下した銃砲弾の破片で不発弾を含まないものであると定義し、組合は廃弾収集作業員(以下作業員という。)の氏名をあらかじめ右演習場管理官(以下管理官という。)の承認を受けて契約担当官に通知し、その登録を受けること、作業員は管理官の指示する日時及び指定する作業区域内においてのみ作業を実施し、指示日時以外、立入禁止区域及び不発弾明示区域で作業をしてはならないこと、作業員は収集作業をする際には管理官に身分証明書を呈示し、所定の名簿への記録を受けてのち演習場に立ち入り、作業中管理官から交付を受けた腕章を着用し、契約担当官の任命した監督官の監督を受けること、収集した廃弾は演習場内の適宜の場所に集積し、払下相当量が集積されると契約担当官の任命した検査官が収集した廃弾を検査し、危険のないことを確認してから計量し、廃弾受払簿に検査官と組合が受払印を押捺したのち廃弾が組合に引き渡され、この時に所有権が組合に移転し、払下手続が完了するものであることなどを定めていた(以上の点は当事者間に争いがない。)ほか、組合は、不発弾(不発弾であるか否か不明なものをも含む。)と思われるものを発見したときは、直ちに監督官等に届け出てその指示を受けなければならないこと、収集廃弾の締切りは、原則として毎月末日又は半月実施し代金の計算を行なうこととなつていた。本件契約等は、おおむね毎年五月から一年間あるいは翌年三月ころまでを期間として繰り返し締結され、本件事故当時に至つていた。
6 右演習場における射撃演習は、種々の火器を使用して射撃陣から一定の弾着地に向けて種々の銃砲弾を発射してなされていたが、本件事故当時榴弾砲射撃のための第一弾着地と戦車砲、無反動砲射撃のための第二弾着地が設けられていたため、収集の対象となる廃弾や収集を禁ぜられた不発弾は、第一、第二弾着地及びその周辺に集中して発生していたが、誤射あるいは跳弾のため右以外の場所に発生することもあつた。射撃演習は、おおむね年間を通じて行なわれるので、廃弾も年間を通じて発生していたが、廃弾の集中する第一、第二弾着地にかぎつても数万平方メートルの広大なものであるうえにその全域に野草が生い茂つているため、廃弾の発見収集は困難であつた。そこで、毎年三月末から四月にかけて右演習場の野焼きが行なわれて野草が焼失し新たに野草が生えるまでの一か月間は地表に存する廃弾の発見収集が容易であるため、右期間に廃弾収集が一斉に集中的に行なわれて年間産出量の六、七割が収集され、右期間以外においては地表の廃弾や種々の用具を使つて地中に埋没している廃弾を収集していた。
7 本件契約等によると、「作業員は、管理官(湯布院駐とん地部隊業務隊長)の指示する立入日時を厳守し、それ以外の日時の作業を実施してはならない。」と定められていて、当初、管理官は、右演習場への立入日時を組合に指示し、作業員は指示日時に一斉に演習場に立ち入つて廃弾収集をしていたが、しかし、当初においても右条項は厳格に遵守されていたものではなく、管理官の指示日時以外でも演習場に立ち入つて廃弾収集をしていた作業員もあつた。その後、次第に作業員全員が管理官による立入日時の指示がない場合でも演習に支障のないかぎり演習場に立ち入り林野資源の採取、放牧作業等とともに廃弾収集をするようになり、本件事故の相当以前から管理官の立入日時の指示はされなくなり、廃弾収集の日時に関しては旧軍以来の慣行に逆行して、作業員は、演習に支障のないかぎり思い思いに演習場に立ち入つていた。また、本件契約等によると、「作業員は 管理官より指定された作業区城内において作業に従事するものとし、立入禁止区域……への立ち入りを厳禁する。」と定められていたが、本件事故の相当以前から管理官による作業区域の指定はされたことがなく、演習場内への道や枢要な地点に演習場への立入禁止の標示板が、弾着地付近にも弾着地への立入禁止の標止板がそれぞれ立てられていたが、作業員は、旧軍当時の慣行もあり弾着地を含めて廃弾の存する演習場区域に立ち入つていた。そして、本件契約等によつて定められている契約担当官が任命する監督官による廃弾収集作業の監督は、本件事故の相当以前から行なわれていなかつた。
8 本件契約等によると、収集廃弾は、演習場内の適宜の場所に集積して契約担当官の任命する検査官の検査及び計量を受け、しかるのちに組合に払い下げられることになつていたが、旧軍当時から廃弾が多量に収集される時期には、古物回収業者が演習場内にきて廃弾を現金で買い取つていたもので、本件契約等が締結されたのちも作業員は収集廃弾を第一弾着地付近に運んでそこに陣取つている業者に売り渡していた。そして、収集廃弾が第一弾着地付近に相当量集積されると、これを実質的に買い受けている業者等が演習場管理班に連絡して検査官の派遣を求めて検査を受けていたが、計量はすでに右業者が作業員から買い受けの際なされているので、検査官は、業者の買受総重量をチエツクするだけであつた。しかし、当初から収集廃弾のすべてを集積して検査官の検査を受けていたのではなく、作業員は、廃弾が少量しかでず業者が演習場にきていない時期には、重い廃弾を第一弾着地付近まで運ぶことはせず、そのまま自宅に持ち帰つたりし、集積廃弾が盗難にかかることもあつたため、廃弾を集積して検査官の検査を受けることが次第に少なくなつた、また、本件契約等によると、「収集廃弾の数量締切は、原則として毎月末又は半月毎に実施して代金の計算を行ない、該代金を支払う。」こととなつていたが、本件事故の相当以前から毎年自衛隊が演習予定から割り出した使用銃砲弾の一、二割程度の重量にその時期のくず鉄相場価格を乗じた金員を組合が前納するにとどまつていた。
9 作業員は、自衛隊による教育を受けたことはなかつたけれども、経験者からの指導あるいは長年にわたる廃弾収集の経験から、自衛隊が演習に発射する銃砲弾には火薬の装てんされた実弾と装てんされていない模擬弾があり、前者は国防色、後者は青色の塗装色が施されていること、自衛隊が実弾を発射した際ほとんどが着地等の衝撃により炸裂するが極めて稀には炸裂しない不発弾が生ずること、不発弾は自衛隊によつて処理又は標示されることになつているが未処理の不発弾もあり、不発弾は極めて危険であるから、廃弾を収集しあるいはこれを買い受ける者は、不発弾を収集し買い受けることのないように最大限の配慮をなすべきものであること、不発弾を発見したときは直ちに自衛隊に通報すべき契約上の義務を負担していること、不発弾を収集、取得しないがためには砲弾としての原型をとどめていない破片のみを収集、取得すべきであること、原型をとどめている砲弾を収集、取得するときは塗装色を調べ、汚れ、錆、腐蝕によつて一見塗装色が明らかでないときは、細部にわたつて見分し汚れや錆を落すと塗装色が判明すること、その他不発弾であるか否か不明のものについては収集、取得すべきでないことを認識していた。そして、古物回収業者は原型をとどめた廃弾の買い入れを拒む者が多かつたが、フサエは、長年廃弾の収集、取得に従事していて右各事実を知つていながら、本件事故前日のみならず普段から原型をとどめた廃弾をも買い入れていた。
以上の事実を認めることができ、<る。>
してみると、中須部落がフサエに譲渡した本件不発弾は、本件契約等によつて組合へ払い下げられたものではなく、中須部落の者が本件契約等に基づくことなく右演習場内へ立ち入つて第二弾着地周辺で拾得して自宅に持ち帰つていたものと推認することができる。
したがつて、本件不発弾が本件契約等によつて払い下げられた廃弾のなかに混在していたことを前提とする第一審原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、前提において失当である。
四次に、自衛隊側における不発弾処理の状況について判断する。
<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 自衛隊が右演習場で使用していた銃砲弾には、火薬を装てんした実弾と装てんのない模擬弾の二種があり、前者は国防色に、後者は青色にそれぞれ塗装されていて色別されていたため、作業員や廃弾回収業者は、両者の区別を熟知し、不発弾には触れないようにしていた。
2 自衛隊西部方面隊は、右演習場内に発生する不発弾の処理に関し「西部方面隊不発弾処理要領」を定め、「射撃部隊の長は、発生した不発弾をみずからの責任において射撃終了後直ちに処理するのを原則とし、射撃部隊の処理能力で処理できない場合は、不発弾発生地域を繩で囲い『立入禁止』等の標示を施すとともに、当該演習場管理官に通報する。」こととしていた。そして、射撃演習に際しては、弾着地から一〇〇〇ないし三〇〇〇メートルの位置にある監視所に射撃部隊から派遣された観測班が配置され、弾着地の調整に努めるとともに不発弾を発見した場合は射撃部隊指揮官に通報することになつていた。更に、西部方面総監は、年二回以上各師団長に命じて演習場の清掃に当らせて不発弾の発見に努め、発見された不発弾は、右処理要領によつて適切に処理されていた。しかし、右演習場が広大であつたため、発見されないままになつている不発弾もときたま見られた。
3 本件契約等により、組合員は、不発弾(不発弾であるか否か不明なものを含む。)と思われるものを発見したときは、直ちに監督官等に届け出てその指示を受けなければならないことになつており、また、契約担当官は、毎期の契約に際し組合長に対し不発弾に触れぬよう注意を与えていた。これに基づき、作業員は、廃弾回収の際に不発弾を発見したときは右演習場管理官に通報していたが、なかには不発弾を発見しても通報しない作業員もいた。そして、作業員から不発弾を発見した旨の通報がなされると、自衛隊によつて相当の期間内に不発弾が回収処理されていた。本件契約等によれば、模擬弾であつても原型をとどめるものの収集は禁じられていたけれども、作業員のなかには原型をとどめる模擬弾を拾得して持ち帰るものもあつた。管理官は、作業員が本件契約等に定める手続によらず廃弾収集をしている実情や、作業員のなかには原型をとどめる模擬弾を拾得して持ち帰るものがあることを認識してはいたけれども、自衛隊が右演習場を使用してから本件事故が発生するまで一回も不発弾の爆発事故がなかつたので、不発弾もしくは不発弾であるか否か不明なものに触れたり、これを拾得する作業員がいるとは予想だにもしたことはなかつた。ところが、昭和四五年四月ころ自衛隊第四師団第四武器隊に所属する池田幸義が右演習場で不発弾の清掃作業に従事中、不発弾を分解し弾帯と信管のみを持ち去つた形跡のある砲弾片を発見したため、西部方面総監部に連絡し、同総監部から各部隊、関係町村、契約中の廃弾回収業者に注意を促したことがあつた。
以上の事実を認めることができ、<る。>もつとも、甲第九号証によると、右演習場には昭和五〇年一〇月二七日数発の不発弾が存していたのではないかと疑われるけれども、果たして同号証の写真に撮影されている銃砲弾のすべてが不発弾であるか、また、右銃砲弾が同号証に記載された場所に存したものであるかを確認することができないから、同号証をもつてしては未だ右演習場に相当数の不発弾が存していたことを認めるに足りない。
五そこで、本件事故発生に関する第一審被告の責任の有無について判断する。
前叙三、四認定の事実によると、日出生台演習場における自衛隊の射撃演習は、火薬の装てんされていない模擬弾のほかに火薬が装てんされている実弾を使用していたので、不発弾が生ずることは避け得なかつたところ、自衛隊西部方面隊は、右演習場内に発生する不発弾の処理に関し「西部方面隊不発弾処理要領」を定めて不発弾の発見とその回収に努め、適切に処理していたものの、同演習場は広大であるため、右の努力にもかかわらず発見できなかつた若干の不発弾が存したが、それは演習場としての性質上やむを得ないものであつたというべきである。それだからこそ、前叙三、四で説示したとおり、自衛隊西部方面隊は、一般人の演習場への立ち入りを禁止するとともに、模擬弾と実弾とを塗装色で色分けし、付近住民によつて結成された日出生台廃弾処理組合との間で締結された本件契約等により、右演習場への立ち入りを許可された作業員らが不発弾(不発弾であるか否か不明なものをも含む。)と思われるものを発見したときは直ちに監督官等に届け出てその指示を受けなければならない義務を課し、右契約等の更新にあたつては、右組合長に対し作業員らが不発弾に触れぬよう繰り返し注意をし、作業員から不発弾を発見した旨の通報があつたときは、相当の期間内にその回収処理をし、自衛隊が右演習場を射撃訓練に使用してから本件事故が発生するまでの間に一度も不発弾の爆発事故がなかつたため、作業員が本件契約等に定める手続によらずに廃弾収集をし、なかには原型をとどめた模擬弾を収集する作業員がいることをも認識してはいたけれども、不発弾もしくは不発弾であるか否か不明のものまでも収集して自宅へ持ち帰つている作業員がいることまでも予見し得なかつたものというべきである。
他方、前叙二、三で説示したとおり、フサエは、長年廃弾の収集、取得に従事していて、廃弾と不発弾との区別及び不発弾であるか否か不明なものは収集、取得すべきものでないことを熟知し、原型をとどめた廃弾を購入する際には、演習弾であることを示す青塗装色の存在を十分に念を入れて確認すべき注意義務があるにもかかわらず、本件不発弾に青塗装色が施されていたとは推認できないのに、右義務を懈怠した過失により本件不発弾を購入し、小野勝にその解体作業をさせていたため本件事故が発生したものと推認されるから、本件事故はもつぱらフサエ側の責に帰すべき事由により発生したものと解するのが相当である。
してみると、本件事故の発生につき、第一審被告の機関である自衛隊に本件不発弾について適切な措置を講じなかつた過失があつたとは認められないので、その過失があつたことを前提とする第一審原告らの民法七〇九条に基づく不法行為による損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、前提において失当であるから、棄却を免れない。
六第一審原告らは、右演習場管理の責任者であり国の公権力行使にあたる公務員である管理官が、右演習場での演習後直ちに不発弾の処理を行ない、処理不能なものについては作業員に広く未処理の不発弾の存在を周知せしめ、付近住民に被害の及ぶことのないよう万全の措置を講ずべき法律上の義務があるにもかかわらず、違法にその職務を懈怠した結果、本件事故が発生したもものであるから、第一審被告は国家賠償法一条に基づきフサエに生じた損害を賠償すべきである旨主張するので、この点につき判断する。
右演習場の管理官である自衛隊湯布院駐とん地業務隊長が第一審被告国の公権力の行使にあたる公務員であること、右演習場の管理が同隊長の職務執行行為に該当することは、明らかであるけれども、前叙五で説示したとおり、本件事故の発生につき同管理官に本件不発弾について適切な措置を講じなかつた過失があつたとは認められず、かえつて、本件事故はもつぱらフサエ側の責に帰すべき事由により発生したものと解されるから、同管理官に過失があつたことを前提とする第一審原告らの国家賠償法一条に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、前提において失当であるから、棄却を免れない。
七第一審原告らは、右演習場は公の営造物であつて第一審被告がこれを所有し管理していたところ、右演習場内に多数の不発弾を放置して同演習場の管理に瑕疵があつたため、本件事故が発生したものであるから、第一審被告は国家賠償法二条に基づきフサエに生じた賠償すべきである旨主張するので、この点につき判断する。
右演習場が公の営造物であつて第一審被告がこれを所有し管理していたことは、明らかであるけれども、前叙五で説示したとおり、自衛隊西部方面隊は、右演習場内に発生する不発弾の処理に関し「西部方面隊不発弾処理要領」を定めて不発弾の発見と回収に努め、適切に処理していたが、同演習場は広大なため発見できなかつた若干の不発弾が存したものの、それは演習場としての性質上やむを得ないところであつて、そのため、一般人の右演習場への立ち入りを禁止し、模擬弾と実弾を塗装色で色分け、本件契約等により右演習場への立ち入りを許可された作業員らに対し不発弾(不発弾であるか否か不明なものをも含む。)を発見した際の届出義務を課し、右契約等の更新にあたつては不発弾に触れぬよう繰り返し注意し、作業員から不発弾発見の通報があつたときは相当の期間内に回収処理等の措置を講じていたのであるから、右演習場の管理に瑕疵があつたものとはいえず、かえつて、本件事故はもつぱらフサエ側の責に帰すべき事由により発生したものと認められ、右演習場の管理に瑕疵があつたことを前提とする第一審原告らの国家賠償法二条に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、前提において失当であるから、棄却を免れない。
(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)